ステキな女性 私的に素敵
「不妊治療がメーン」 命の神秘にかかわる (H16.1.17 陸奥新報より)
土淵川沿いにあるおしゃれな酒場のカウンターで、ユニークな女性と隣同士になった。
夕食を取りながらママと交わす会話に、聞くともなく聞き入った。妙に男っぽい口調。あっけらかんとした雰囲気。一体何をなりわいとしている女性だろうと、目いっぱい好奇心をかき立てられた。
もらった名刺には「IVF佐藤祐子レディスクリニック」とある。「IVFって何?」と尋ねる私に、彼女は「体外受精のことをIVFというの。不妊治療をメーンにしたレディスクリニックを開いています」とにっこり。未知の世界が広がる代官町のクリニックを訪れた。
クリニックで院長の席に座る佐藤祐子さんは、酒場で会った人とは別人のよう。白衣を身に着け、きりりとした女医さんだった。
祐子さんが代官町でクリニックを開設してちょうど一年。「不妊治療は実績あるのみ。口コミで地道にやってきました。」祐子さんが本格的に産婦人科医となったのは40歳を過ぎてから。弘前大学医学部を卒業後、紆余(うよ)曲折、回り道くねくねの末、現在の仕事と巡り合った。
祐子さんは宮城県の生まれ。病弱だった少女は、高村光太郎の詩「女医になった少女」にあこがれ、弘大医学部に進学したという。
祐子さんのクリニックには妊娠を望む女性がやって来る。排卵誘発剤を使用し、人工受精を何回か繰り返しても妊娠しない場合は、体外受精になる。「妊娠は年齢との勝負。ミトコンドリアがだめになるので、妊娠の確率は年齢とともに低くなるんです」
不妊の治療は最先端の医療だ。毎週、最新の論文に目を通し、週一回開かれるテレビ会議による不妊の勉強会にも欠かさず参加する。困難が多いほどガッツが湧く、そんなタイプと見た。
「不妊を専門とする先生たちは、勉強好きな人が多いですね。いつも新しいことを知りたい、試したいという諸先生方に刺激されています」
クリニックには、液体窒素で凍結された精液、卵子、受精卵が静かに眠っている。顕微授精は、顕微鏡を見ながら、細い管を使い卵子に精子を注入する。細かい手作業だ。
前日に受精したばかりという卵子を顕微鏡で見せてもらった。既に4分割し、息づきが伝わってくるよう。この受精卵を再び子宮に戻し、子宮の中で順調に育てば、妊娠となる。この受精卵がいつの日か、赤ちゃんの姿で誕生するのだ。初めての経験に少し震えた。
「妊娠しないと女が責められる場合が多い。自分が悪いのではないかと自らを責める人もいる。みんな必死です。妊娠反応が出ると患者さんと二人、うれしくて手を取り合って泣きますよ」
体外受精は最先端の医療であるがゆえに、常に既成の倫理観とのせめぎ合いがある。「とても難しい領域です。常に勉強、全国の仲間が心の支えですね」と祐子さんは話す。クリニックを開くにあたっても、さまざまな困難があった。「患者さんたちに支えられ、地元の人にも助けられてこの一年やってくることができた。人のために役立つことができれば、それが喜びかな」
一人の人間の誕生は、小さな奇跡の積み重ね。妊娠も奇跡の一つなのだ。「今は仕事に専念したい」と笑顔を見せる祐子さん。バリバリ働いて、今度一緒に飲もうね。手を振ってクリニックを後にした。 (清水 典子)